末の松山付近の住宅地の中に奇石が連なる池が歌枕の沖の石です。「おくのほそ道」の旅の途上、松尾芭蕉らは、この地を訪れています。また、仙台藩四代藩主伊達綱村(だてつなむら)によって、保護を受けていたことが知られています。
歌枕コース
歌枕+文化センター+大伴家持碑•他コース(約150分)
見逃せないスポットをご紹介
仙石線多賀城駅前 (JR利用)又は、◎末の松山駐車場(車利用)
徒歩
8分
1
興井 沖の井・沖の石
(おきのい)
徒歩
3分
2
末の松山
(すえのまつやま)
徒歩
18分
末の松山は、古来より多くの人々に親しまれた、みちのくの代表的な歌枕です。松尾芭蕉は「おくのほそ道」に、末の松山に接しての感動を記しています。
3
蔵文化調査センター
(まいぞうぶんかちょうさせんた一)
徒歩
1分
かつて多賀城の南側に広がっていた古代のまちをテーマにした常設展示を見ることができます。実際に発掘調査で発見された貴重な資料が並び、古代の人々の生活を間近に感じられる学びのミュージアムです。多賀城市文化センターに併設されています。
4
大伴家持碑
(おおとものやかもちひ)
徒歩
15分
万葉集の代表歌人である大伴家持が、陸奥按察使兼鎮守将軍(むつあぜちけんちんじゅしょうぐん)として多賀城に来任したことを追慕( ついぼ) し、永遠に顕彰するため市民の芸術文化活動の場である文化センター敷地内に建立したものです。
5
おもわく橋(おもわくばし)
徒歩
15分
野田の玉川にかかるおもわくの橋は、安倍の待橋(あべのまつはし) とも呼ばれています。 前九年の役で知られる安倍貞任(あべのさだとう)がおもわく姫に想いを寄せ、この橋を渡って通ったという伝説が残されています。
野田の玉川(のだのたまがわ)
塩鼈市の大日向(おおひなた)に源を発し、多賀城市留ヶ谷(とめがや)を通り、砂押川に注ぐ小さな流れが野田の玉川です。古来より歌枕として多くの歌に詠みこまれ、六玉川の一つに数えられています。